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人吉簡易裁判所 昭和44年(ろ)18号 判決

主文

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、土木建築工事を営む有限会社岡部組の代表者代表取締役として、熊本県知事から火薬類消費の許可を受け、建設省から請け負った球磨郡五木村上荒地の五木ダムサイド試堀横坑工事において火薬類を消費し、かつ労働者を使用している者であるが、

第一、同会社の使用人で、右工事現場代理人である山本操と共謀の上、昭和四四年二月一日頃から同年五月六日までの間、右工事現場において、火薬類を消費しながら右消費場所において、火薬類取扱所を設けなかった。

第二、右期間中、右工事現場において、導火線発破の業務に就く資格を有しない右山本操を右業務に就かせた

ものである。

(証拠)≪省略≫

(弁護人および被告人の主張に対する判断)

(一)  判示第一の公訴事実について、弁護人および被告人は、被告人は判示のとおり火薬類取扱所を設置しなかったけれども、判示工事現場は被告人が設置した火薬類の庫外貯蔵庫から七〇ないし一〇〇米しか離れておらず、かつ被告人は消費する都度同貯蔵庫から右工事現場に必要量の火薬類を運搬して消費していたので、右貯蔵庫と別個に火薬類取扱所を設置する必要はなかったのであるから、被告人の右行為は火薬類取締法二六条、六〇条一号、同法施行規則五一条一項に該当せず、仮に該当するとしても違法性が阻却されると主張する。

しかしながら、元来、現行火薬類取締法(昭和二五年五月四日法一四九号)制定前においては、火薬類の管理、配分とか、導火線と工業雷管との装置等の取扱が往往火薬庫附近や現場事務所内或るいは発破現場で行なわれたため事故を起した例も多かったので、同法二六条は「火薬類の消費は通商産業省令で定める技術上の基準に従ってこれをしなければならない」と定め、右省令である同法施行規則五一条一項は「消費場所においては火薬類の管理および発破の準備をするため火薬類取扱所を設けなければならない」と定めるに至ったのであって、同法、同法施行規則、右制定経過および社会通念に照らし、火薬類を消費する場合には火薬庫(貯蔵庫)の他に常に火薬類取扱所を設けねばならぬ必要性があることが明らかである。けだし、先ず同法一一条、二六条、同法施行規則一三ないし三四条、五一条の規定によれば、火薬庫は火薬類の消費とは直接の関連なく、貯蔵自体の目的で担当長期間一定の場所に火薬類を停滞させることを目的として設置され、火薬類取扱所は消費場所において火薬類の管理および発破の準備(ただし、同法施行規則五一条一項括弧書により、薬包に工業雷管もしくは電気雷管を取り付け、またはこれらを取り付けた薬包を取り扱うという消費に密着した作業は右取扱所でもしてはならないのである。)をすることを目的として設置されるのであって、火薬類取扱所には一日の消費見込量をこえる火薬類を停滞させてはならないことが明らかである。次に、このように火薬類の消費に接着しない火薬類の長期的停滞すなわち貯蔵と、火薬類の消費に接着したその一時的停滞すなわち管理および発破の準備(ただし、前示のように消費に密着した行為を除く。)という二段階に分けてその停滞場所を異にする措置が要求されるのは、火薬類それ自体が常に危険な性質を有する物質であり、ひとたび火薬類による爆発又は燃焼事故が発生すれば危害を広く他に及ぼすおそれが高いので、当事者に慎重な態度を要するとともに、できるだけ右事故発生の客観的危険性を少なくし、かつ万一事故が発生したとしても危害を最少限度にとどめる客観的条件(環境)を作るためであることが、前示各法令、その制定経過および社会通念に照らし明らかだからである。すなわち、火薬庫が消費場所の近辺にあり、かつ消費する都度必要量を同所から消費場所に運搬するとしても、火薬庫で発破の準備をすれば事故発生の危険率が高く、かつ万一事故が発生した場合危害が火薬庫全体に及び、その場合火薬庫には通常火薬類取扱所と異なり相当長期間にわたって消費される予定の多量の火薬類が貯蔵されているところからひいて火薬庫内での危害はもとより同所から他に波及する危害も大きいおそれがあるので、常に右火薬庫とは別個の、火薬類の一日の消費見込量しか停滞させない火薬類取扱所を設置し、一旦火薬庫から右取扱所に当日消費する火薬類を持ち出して、その管理および発破の準備をするという二段構えの措置を講じて、一層の公共の安全を確保する必要があるのである。

従って、弁護人および被告人の前示主張は採用しない。

(二)  弁護人は、判示第二の公訴事実について、山本操は有資格者である浜田安忠の補助者として判示業務に従事したのであり、被告人も山本にその旨命じたにすぎないから、被告人の行為は労働基準法四九条二項、一一九条一号、労働安全衛生規則四四条の二の二の一項には該当しないと主張するけれども、右法令は労働者の安全を保障するため使用者が必要な技能を有しない者を特に危険な業務に就かせることを禁止しているのであり、他方その唯一の例外として同法七〇条、七一条は必要な技能を有しない者であっても技能者養成の場合にはその必要の限度で危険業務の就業制限に関する規定について命令で別段の定をすることができる旨規定しているのであるから、右例外事由に該当しない本件においては、労働者を独立して右業務に就かせると、或るいは有資格者の指揮命令に従い手足のように使用される補助者として右業務に就かせるとにかかわりなく、必要な技能を有しない労働者を特に危険な業務に就かせることによって労働基準法一一九条一号(四九条二項)は充足されるものといわなければならないばかりでなく、前掲各証拠によると判示山本操は独立して判示業務に従事し、かつ被告人はこれを認容したものであることが認められるから、弁護人の右主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の行為は火薬類取締法二六条、六〇条一号、同法施行規則五一条一項に、判示第二の行為は労働基準法四九条二項、一一九条一号、労働安全衛生規則四四条の二の二の一項に該当するので、判示第二の罪について所定刑中罰金刑を選択するが、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 池田憲義)

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